メタゲノムとその由来 「自然界から見つかった全微生物叢のゲノム(genomes of the total microbiota found in nature」を意味する「メタゲノム」という言葉は、1998年、アメリカ、ウイスコンシン大学のHandelsman博士らにより提唱されました(Torsvik V, Ovreas L. (2002) Curr Opin Microbiol. 5, 240-245; Torsvik V. et al. (2002) Science 296, 1064-1066)。自然界に存在する微生物の大半(99%以上)は通常の培養方法では培養が困難であることから(Handelsman J, et al. (1998) Chem Biol. 5, R245R249; Rondon MR, et al. (2000) Appl Environ Microbiol. 66, 2541-2547)、難培養性微生物(uncultured microbes)の単離とその研究を行うためには、培養必須物質の探索などを含めて、個々の微生物に適した培養方法の確立が必要になります。しかし、メタゲノムを用いる方法(metagenomics)では、目標に定めた活性を発現する遺伝子をゲノム集合体からダイレクトにクローニングすることを目指しています。培養法の確立という障壁が取り払われたため、そこには多くの未知微生物の遺伝子機能解明とその有効活用を目指すための魅力的な未知の世界が広がっています。メタゲノムの源(environmental source)としては、初めてメタゲノムDNAからcellulaseのクローニングに成功した時に用いられたcellulose分解産物由来の濃縮微生物叢(enriched consortia)Healy FG, et al. (1995) Appl Microbial Biotechnol. 43, 667-674)を始めとして、さまざまな土壌サンプル(soil) (Rajendhran J, Gunasekaran P. (2008) Biotechnol Adv. 26, 576-590)や、湖沼水(Kalyuzhnaya MG, et al. (2008) Nat Biotechnol. 26, 1029-1034)、海洋水(Howard EC, et al. (2008) Environ Microbiol. 10, 2397-2410)などの環境水、消化管内微生物群(rumen microorganism(Jones BV, Marchesi JR (2007) Mol Biosyst. 3, 749 758; Jones BV, et al. (2008) Proc Natl Acad Sci U S A. 105, 13580-13585)、室内空調設備(Tringe SG, et al. (2008) PLoS ONE. 3, e1862), そして、砂浜の生態系(sandy ecosystem(Lorenz P, Eck J. (2005) Nat Rev Microbiol. 3, 510-516)などが用いられてきました。この他にもバイオフィルム、草食動物糞便、黄砂、ハウスダスト、堆肥、そして、深海のブラックスモーカー(black smoker)周辺水などが考えられます。メタゲノムライブラリーから得られる情報は個々の環境社会における微生物の多様性と活動状態を知るための貴重な知的財産となり得ます(Kalyuzhnaya MG, et al. (2008) Nat Biotechnol. 26, 1029-1034; Howard EC, et al. (2008) Environ Microbiol. 10, 2397-2410; Jones BV, Marchesi JR (2007) Mol Biosyst. 3, 749 758; Jones BV, et al. (2008) Proc Natl Acad Sci U S A. 105, 13580-13585)。 また、産業上有用酵素など(Lorenz P, Eck J. (2005) Nat Rev Microbiol. 3, 510-516; Verma ML, et al. (2008) A review. Acta Microbiol Immunol Hung. 55, 265-94)の遺伝情報を得るための源でもあります

 

万博記念公園コンポスト 吹田市万博記念公園では、剪定した樹木の枝葉を集積し、尿素の添加や通気攪拌により発酵させることによりコンポスト化しています。このコンポストは多種多様な好熱性微生物の宝庫と考えられます。私達は、この万博公園の枝葉由来コンポストからメタゲノム法により産業上有用な新規酵素を取得すること、あるいは新規酵素を単離し、タンパク質の構造―機能―配列相関に関して新たな知見を得ること、を目指して研究を進めています。

<これまでの研究>

 

1)メタゲノム由来新規リボヌクレアーゼHRNase H)の研究

 

万博コンポスト(コンポスト化1年、深度1mpH7、約50℃)からメタゲノムを抽出し、Sau3AIで部分消化した後、プラスミドpBR322BamHIサイトに挿入することにより、プラスミドライブラリーを構築した。ついで、RNase H依存性温度感受性菌E. coli MIC3001を形質転換し、42℃でも生育するクローンをスクリーニングした。E. coli MIC3001は30℃ではコロニーを形成するが42℃ではコロニーを形成しない。しかし、RNase H遺伝子を導入すると、その温度感受性は相補され42℃でもコロニーを形成できるようになる。従って、42℃でコロニーを形成するクローンからプラスミドを抽出し挿入されているDNA断片の配列を解析することにより、新規メタゲノム由来RNase H遺伝子を容易に取得できる。

 

1−1)メタゲノムDNAライブラリーからのRNase H遺伝子のクローニング:E. coli MIC3001の温度感受性の相補を指標に、約1 kbの挿入断片を含むプラスミドライブラリー30万個から16個のポジティブクローンを単離した。これらのクローンの挿入断片の配列を決定した結果、12種類の新規RNase H遺伝子(LC1LC12)を取得することに成功した。これらはいずれもtype 1 RNase HRNase H1)であった。LC1LC9-RNase H1E. coli RNase H1と比較的高い(40-60%)相同性を示したのに対して、LC10LC12-RNase H1Sulfolobus tokodaii RNase H1Sto-RNase H1)と比較的高い(約40%)相同性を示した。RNase H1の活性部位はDEDDモチーフと呼ばれる4残基の酸性アミノ酸で構成されているが、LC9-RNase H1DEDDモチーフの2番目のGluAlaに、4番目のAspAsnに置換されており、これまで完全に保存されていると考えられてきたRNase H1の活性部位の残基が必ずしも保存されていないことが明らかになった。また、LC11-RNase H1Sto-RNase H1ホモログであるが、Sto-RNase H1の耐熱化に寄与するC末端アンカー領域が欠失しており、Sto-RNase H1より大きく不安定化していることが示唆された。以上、メタゲノム法は配列の多様性の範囲を広げるのに極めて有効であることを明らかにした[Kanaya, E. et al. (2010) J. Appl. Microbiol. 109, 974-983]

 

1−2)LC11-RNase H1の結晶構造解析LC11-RNase H1の活性、安定性を解析すると共に、その結晶構造を決定した。その結果、LC11-RNase H1の構造は、C末端テールのないことを除けばSto-RNase H1と良く似ていること、RNA/DNAハイブリッドに対する活性もSto-RNase H1と良く似ていることを明らかにした。さらに、C末端テールの欠損、分子内空孔の増加、分子内に埋もれた極性残基の増加などにより、LC11-RNase H1Sto-RNase H1より37℃も不安定であること、基質のRNA鎖とDNA鎖の結合に必要なLC11-RNase H1の2つの溝がニ本鎖RNA の結合には適していないため、LC11-RNase H1Sto-RNase H1と異なりニ本鎖RNAを加水分解しないことを明らかにした[Nguyen, T-N. et al. (2012) Protein Sci. 21, 553-561]

 

1−3)LC11-RNase H1の基質複合体の結晶構造解析LC11-RNase H114 bp RNA/DNAハイブリッドの複合体の結晶構造を決定した。その結果、全体としては、ヒトRNase H1Bacillus halodurans由来RNase H1の基質複合体の構造と類似していたが、RNA鎖の2-OH基とタンパク質の水素結合が連続していない、ユニークなリン酸基結合部位が存在する、など、RNA鎖の結合する溝やDNA鎖の結合する溝の構造に違いが見られた。またRNAを4,5,6残基含むDNA-RNA-DNA/DNAを基質として用いて活性を測定することにより、連続であれ不連続であれ、RNA鎖の2-OH基とタンパク質の間の水素結合が完全に形成された時に、酵素は基質を効率良く切断することを明らかにした。さらに、LC11-RNase H1Sto-RNase H1の間で保存されている塩基性アミノ酸がSto-RNase H1のニ本鎖RNA分解活性に必要であることから、これらの残基の立体配置がニ本鎖RNAの結合に必要であることを明らかにした [Nguyen, T-N. et al. (2013) 投稿中]

 

1−4)LC9-RNase H1の結晶構造解析:典型的なDEDD活性部位モチーフをもたないLC9-RNase H1の結晶構造を決定した。また、活性部位を構成すると考えられる残基に変異を導入した。その結果、他の RNase H1には保存されていないGluが活性部位を構成することを明らかにした。また、AsnAspの代りに活性部位を構成することを明らかにした。同様の非典型的なDEDN活性部位モチーフは、新門菌として細菌同定されたGemmatimonas aurantiaca由来RNase H1 (Gau-RNase H1)にも保存されている。アミノ酸配列に基づく系統樹解析を行うことにより、これらの非典型的なDEDN活性部位モチーフをもつRNase H1は、典型的なDEDD活性部位をもつRNase H1とは進化的に大きく異なるグループに分類されることを明らかにした[Nguyen, T-N. et al. (2013) 投稿中]

 

2)メタゲノム由来新規クチナーゼ、エステラーゼの研究

 

万博コンポスト(コンポスト化4ヶ月、深度1mpH.5、67℃)からメタゲノムを抽出し、30-40 kbの大きさに断片化した後、宿主大腸菌とフォスミドベクターを用いて21,000個のクローンからなるメタゲノムDNAライブラリーを構築した。次いでエステラーゼ活性検出用培地であるトリブチリンプレートを用いて、37℃でハローを形成するクローンを約10種類、50℃でハローを形成するクローンを2種類取得した。

 

2−1)LC-cutinaseの諸特性解析:50℃でハローを形成するクローンの配列分析の結果、一つはThermobifida fusca由来クチナーゼ[Chen, S. et al. (2008) J. Biol. Chem. 283, 25854-25862]Thermobifida alba由来クチナーゼ[Kitadokoro, K. et al. (2012) Polym. Degrad. Stab. 97, 771-775]とそれぞれ54%52%の高い相同性を示したので、LC-cutinaseと命名した。LC-cutinaseは、至適pH 8.5、至適温度50℃で、短鎖エステル基質を良く分解する。LC-cutinase293残基から成る分泌タンパク質で、リパーゼやエステラーゼ同様、基質のエステル結合を求核攻撃するSer165Asp210His242から成る触媒基トリオを持つ。LC-cutinaseは大腸菌のぺリプラズムから菌体外に約50%の効率で漏出するので、培養上清から精製される。LC-cutinaseの構造モデルによると、活性部位の入口は大きなポリマー基質も受入れることができるように大きく開いている。LC-cutinasepoly(ε-caprolactone)polyethylene terephthalate (PET)などの脂肪族、芳香族ポリエステルも加水分解するが、これまで報告されているクチナーゼやリパーゼより効率良くPETを分解する(12 mg/h/mg enzyme)ので、PET樹脂のリサイクルやPET繊維の表面加工などに有用と考えられる[Sulaiman, S. et al. (2012) Appl. Environ. Microbiol. 78, 1556-1562]

 

2−2)LC-esterase 1 (LCE1)の諸特性解析:50℃でハローを形成するクローンの配列分析の結果、一つは既存のファミリーに属さない新規エステラーゼ(LCE1)をコードする遺伝子を有していた。LCE1485残基から成る分泌タンパク質でS. usitatus由来putative esterase61%の相同性を示す。LCE1Nドメイン(Gln26-Phe283)とCドメイン(Gln284-Lys510)から成る。Cドメインは様々なエステラーゼと高い相同性を示すことから触媒ドメインと考えられる。一方、Nドメインが高い相同性を示すのはS. usitatus由来putative esteraseだけで、その構造や機能は未知である。現在、LCE1とその2つのドメインの諸特性解析や構造解析を進めることにより、本酵素の持つ機能の解明に努めている。

 

 


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