(5)ピトリライシン(IDE ホモログ)の基質認識機構に関する研究(2006年終了)

    大腸菌ピトリライシン(プロテアーゼ Pi、プロテアーゼ III)はメタロプロテアーゼでZn2+Ca2+Co2+Mn2+などを活性に必要とする。 本酵素は 962 アミノ酸残基から成る前駆体として合成された後ペリプラズムに分泌される。その際、末端の 23 残基から成るシグナルペプチドは除去されるので、本酵素は 939 残基から成る。 本酵素はモノマーとして働く。本酵素のアミノ酸配列は、哺乳類由来インシュリン分解酵素(Insulin-degrading enzyme, IDE)と 26 % の同一性を示す(1-5-1)。また、N-arginine dibasic convertase、 植物由来 Zn2+プロテアーゼ、ヒト由来メタロプロテアーゼ IMPI)、クロロプラストプロセシング酵素(CPE)、マラリア原虫由来ファルシリシン、酵母由来 AXL1 プロテアーゼ、などとも 20-30 % の同一性を示す。 これらの酵素はインシュリシンファミリーまたはメタロペプチダーゼ clan ME ファミリー M16 に分類される。
    IDE
はヒトの体内では脳をはじめとして様々な組織で発現しており、インシュリン、betaエンドルフィン、成長因子類など様々なペプチドホルモン類を配列特異的に分解する。 IDE は蛋白質や低分子量の合成基質を分解しないので基質のサイズを認識すると考えられている。しかし、各種基質の切断部位を比較してもその付近のアミノ酸配列は保存されていないため、IDE がどのようにして基質を認識するのかはわかっていない。 また、IDE の生理機能についてもよくわかっていない。しかし最近、IDE はアミロイドペプチドも分解することが見いだされた(1-5-2)。このことは、IDE がアミロイドペプチドのスカベンジャーとして働くことを示唆する。 アミロイドの形成はアルツハイマー病の原因と考えられているので、IDE の機能を増強する方法はアルツハイマー病の治療法として有効かもしれない。
    
大腸菌ピトリライシンを大量生産させると本酵素はペリプラズムに蓄積する。リットル培養液あたりの生産量は 50-60 mg、精製収量は 30-40 mg である。本酵素は蛋白質や低分子量の合成基質を分解しないが、 IDE 同様インシュリン、beta エンドルフィン、成長因子類など様々なペプチドホルモンを限られた位置でのみ切断する(1-5-3)。また、beta-アミロイド(1-40)を His14  Gln15 の間で特異的に切断する(1-5-4)。 しかし、各ペプチド基質の切断点付近のアミノ酸配列には保存性は見られない。これらの結果は、ピトリライシンがペプチド基質の高次構造を認識することを示唆する[Cornista, J. et al. (2005) Biosci. Biotechnol. Biochem. 68, 2128-2137]。ペプチドは水溶液中ではランダムコイル構造をもつので、 この構造は酵素基質複合体が形成される時に誘導されるものと思われる(1-5-5)。ピトリライシンの活性中心は His  Glu で構成されており、 保存配列 HXXEH(X)76E88-169)内の His88  His92  Glu169  Zn2+結合部位を、Glu91 は触媒部位を形成する(1-5-1)。また、 βアミロイドペプチドを大腸菌 RNase H1 との融合蛋白質として大量生産するシステムも構築した[Cornista, J. et al. (2006) J. Biotechnol. 122, 186-197]。このシステムを用いればリシルエンドペプチダーゼにより融合蛋白質からbetaアミロイドペプチドを切り出すことができるので、 様々なbetaアミロイドペプチド誘導体を作成しピトリライシンによる分解様式を解析することが可能である。

 なお、本研究は2006年に終了した。


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